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【苦しいだけの反省】:辛いだけの反省はもうやめよう!ミスをした時に気持ちが楽になる考え方は?

こんにちは!Ph.塩です!

今回は「自分を苦しめるだけの反省」です。

反省の中でも自分の首を絞めるだけの反省と、次に生かせる反省の2種類があります。

どちらがいい反省なのかは言うまでもないですよね。
それが分かっていながらなぜ自分の首を絞めて挙句の果てに時に「死にたくなる」ほどの感情に襲われるのでしょうか?

日本では何か悪いことや失敗をすることで何かしらの「ペナルティ」を負わされる習慣があります。

たとえば反省文、始末書、減給、免職などなど....

これは非常に悪い習慣を生んでいて、とても生産性を下げているという声もあります。

もちろん叱り方、起こり方にも問題がある場合もありますが、今回は「反省」についてクローズアップして行こうと思います。

今回の記事を読み、自分を苦しめるだけの反省をしなくて済む方が一人でも増えていただければと思います。

 

目次:
1.なぜ反省をしなければいけないか
2.間違った反省とは
3.うつ病を生む現代社会
4.ではどのように考えたらいいのか

 

1.なぜ反省をしなければいけないか。


こんな質問に関してはここを読んでいる皆さんの心の中ではもう結論が出ているはずです。

ひょっとしたらこの記事を読んだら「当たり前だろ」と思ってしまうかもしれませんが、お付き合いください。

反省する意味は、誰かに謝るためでも、罪を償うためでもありません。
ましてや、自分の能力を過小に評価し直すためでもありません。

「自分の言葉や行動を省みることで、将来同じ過ちを繰り返さないようにする」ためです。

人間は誰でもミスをします。ミスをしない人間はいません。必ず、誰でも、生きていれば何らかのミスをします。

そこで、自分のミスを振り返り、「自分の行動はここに問題があったかもしれない」とか、「次からはこうしたらいいかな」と計画を立てたりすることが反省の一番の目的のはずです。

皆さんが普通に普段生活をできているのは、こういった反省を日常的に繰り返しているからです。

例えば冷蔵庫にしまい忘れた物が腐ってしまったという経験があれば買い物帰りにすぐに冷蔵庫にしまう癖がついたりするでしょう(妻の体験談です)
他にも、夜中にギターの練習をしていたら隣の部屋から怒られたら次の日からやめたり、音を小さくしたりしようと思うでしょう(私の体験談です笑)
小指をぶつけたら物の配置を変えたり、次から歩くときに気をつけるとか些細なことでも反省は日々行っていると思います(これも私です笑)

こういったことは皆さん普通にやっているはずです。本当に気がつかないくらいに瞬時にやっていることもあります。

またコミュニケーション上の反省もあるはずです。
誰だって家族と他人では態度を少しは変えますよね?もしくは付き合いにくい人とは気を遣って話したりすることもあると思います。

そう、それだってそうした方が円滑に人間関係を気付くことができるからだと、自分の中で自然と分かっているからです。

こういう反省の繰り返しは人生を豊かにしていきます。


この現代の世の中で、自分の身の回りの環境に適応することは「自分らしく」また「快適に」暮らすための人間の本能でもあるといえるでしょう。

誰の言葉でもない、「自分が」必要だと思ったから修正した結果が大事なのです。

2.間違った反省とは


社会に出て新しい環境で慣れない仕事をした時にぐちぐちと言われること。
もしくは学校でいい成績が取れなくて先生や親に小言や説教をくらってしまった時。
他にも、恋人といつも同じことでけんかになってしまう時。

こういったときに多くの方が次のように思うのではないでしょうか?

「何でこうなんだろう、どうしてうまくやれないんだろう」

ここまでは大丈夫です。ほぼ100%の人が同じことを考えるでしょう。

しかし間違った反省をしてしまう人は次のように考える傾向があります。

「自分に能力が無いせいだ。」

そして、このような反省をしてしまう原因としては他人から反省や修正を強要された時が多いでしょう。

本来は反省というものはもっと自分自身に解放されていなければなりません。

ですが強要された反省というものは、結論を早く出すように短絡的になりがちです。

つまり、自分を責めたり、傷つけたりする形で終わるということが多いのです。

なぜなら自分の失敗の原因を100%理解できていないからです。


また、自分を責めてきた対象に恐れを持っていたり、パワーを持っていたりするために反論することが禁じられているような感覚があることも多いでしょう。

しかし自分の失敗の原因を理解できないのは無理もありません、たとえば会社での失敗なら「社会という物差し」によって形を作られた「上司という物差し」に作られた意見を自分にぶつけられているのですから、それを受け入れるのにはかつてこれまで歩いてきた人生で作られた自分の価値観をその意見にすり合わせる必要があるからです。

これは容易なことではありません。こちとら数十年生きているのですから、明日からこうしろ、なんて言われても難しい話です。

その難しい話を無理やりにでもしないとひどいことになる、もっとつらい目にある可能性がある、と思うから自分を責めたりして話を単純化し、反省をその場で終わらせるのです。

こうして間違った反省というものが生まれていきます。

しかもこうして単純化して誤って終わる場合、残念ながら大抵の場合次も繰り返すでしょう。

何が悪くて、何が良くなかったのかということを分からないままであれば、当然次に同じシーンが出てきた場合に繰り返すのです。

もちろん漢字テストで間違えた漢字をテキストで見直すような簡単な話ばかりではないこともあります。

しかしその中でも、必死に考えて、時には他人からのアドバイスももらいながら立ち向かうべきです。

3.うつ病を生む現代社会



このように間違った反省を繰り返すうちに、人間は自分を過小評価するようになります。


「自分はいつも悪い、自分は能力がない」と思うようになるでしょう。

こうして次に何かを始めたりチャレンジするときに及び腰になってしまうようになります。

そして、そんな及び腰のあなたを見て周りはそのように評価をしたり、頼りないなどと思うようになります。

そんな評価なのですから、あなたが「他の人でも普通にしているミス」をした場合に目につくようになってまた叱られたり注意されたりするようになります。

この負のスパイラルを繰り返すことで精神を病んでいくのです。

逆に、うつ病患者さんに見られる傾向として、「自分のことを過小評価している」ということがいえます。

うつ病になった患者さんの現在の姿だけを切り取れば、その経緯が分からないためなぜその患者さんがそこまで自分のことを過小評価するのかは理解できないでしょう。

しかしそういった過小評価と失敗体験を繰り返した結果その人の現在があるのですから、突然現れた人が自分を過小評価しているうつ病の人に「そんなに自分を責めるなよ」とか、「そんな風に思うもんじゃないよ」とか、「がんばれ」と励ましたところで意味をなさないのがお分かりでしょう。

完璧主義だったり、これまで失敗をあまり経験していなかった(という風に思っていた)人がうつ病になりやすい傾向にあるといわれているのは、多くの人が失敗だと思わないことでも「失敗だ」と評価しその後自分を責めるためにうつ病になりやすいのです。

現代社会では何が失敗で失敗じゃないのかを決めるのは自分が属している組織によります。

 

そんな中で自分の行いをただ責めて自分を過小評価をしていくのはとてももったいないことです。

4.どのように考えたらいいか。



ハッキリ言って、失敗はあなたの能力を評価するものではありません。


そんな失敗一つであなたの能力はわかりません。


失敗はただの反省点です。

また失敗はあなたが次の成功をするための種です。


「失敗は成功のもと」ということわざがありますが、私はこのことわざが大好きです。

他人がどのように言ってこようが関係ありません。

 

他人はあなたのその小さな小さなミス一つしか見てないのですから、あなたの良さは他にもたくさんあるのにそこに足をとられている場合ではありません。

良い「反省」を行い、悪い「自己評価」をやめて、ぜひとも豊かな人生を築いていきましょう。

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